コロナ後、住まいの形が変わる

3回に分けて掲載します。1/3 2022・11・28

過去の経験則から、大きな社会の変化や経済ショックの後、住まいの形やライフスタイルが変化しています。

1945年、第二次世界大戦終結。1973年、第四次中東戦争(石油ショック)。1989年、日本でバブル崩壊。2001年、米国発ITショック。2008年、米国発住宅ローン不良債権問題でリーマンショック。2020年2月、世界コロナショック。このように概ね10~20年サイクルで株式、景気調整が起こっています。そのたびに、住まい方、住まいの形も変化しています。

終戦前の住まいは兎も角として、戦後の住まいは塗り壁から、板張りへ断熱材もなくお粗末なものでした。やがて、東京オリンピック、大阪万国博覧会を控え、公団住宅やニュータウンの建設が始まり、建築基準法運用も強化され、住まいは、少しずつ近代化が図られて、住まいの間取りも○LDKと定義づけられ、LDK中心の洋風生活スタイルへと変化していきました。

73年、石油ショックの後は、断熱、省エネの観点からビルは大きな開口部から小さな窓に。住宅は、断熱材として、壁の中にグラスウールを入れ始めました。このころから、住宅を大量供給するためにプレハブ住宅が主流となり、やがて、高度経済成長期となり、大量消費が謳歌され、今度は消費が美徳。89年のバブルに向けて、ビルは総ガラス張り、住宅の窓も大きくなり、大型、高級住宅化していきました。

バブル崩壊後、景気は低迷、中流と言われた人たちが大きなダメージを受けていて、新築住宅が大幅に落ち込んでいきました。そのころ、九五年一月、阪神淡路大震災があり、被災された方々には、言い方が悪いかもしれませんが、住宅業界にとっては、濡れ手に粟でした。ところが、受注はしたものの、人件費、建設コストが大幅に上昇して、上昇分を被災された施主に負担してもらうわけにもいかず、多くの住宅会社は持ち出しの赤字となり、体力のない中堅の住宅会社の多くが撤退、倒産、大手住宅メーカも再編、統合が始まりました。住宅着工数も87年の187万戸から半減し90万戸以下へ。次回につづく。