2回目・21世紀こそ災害に強く、長く住める住宅の実現を。
阪神淡路大震災の教訓
1995年1月17日早朝、出勤前に地震が起こりました。神戸市北区に築15年目のミサワホームに住んでいました。建物は下から突き上げるような大きな揺れを受けました。直後、娘の部屋を除くとベッドから突き上げられて床におちていました。ただ、私の住んでいたところは、三宮から15km北にあったので、周辺の住宅も屋根瓦が落下している程度で周辺の住宅も大きな被害はありませんでした。
ただ、TVを付けるとビルやマンション、住宅が倒壊、あちこちで火災が発生、阪神高速道も倒壊の映像が流れていました。震源地は淡路から神戸にかけての直下型地震という事がわかり、大きな被害が出ていることも分かりました。
私は、暫くしてビデオとカメラを持ち三宮に向かいましたが、山が崩れ、車が通れないところもあり、普段なら新神戸トンネルを走れば15分程度で三宮に行けるところでしたが、トンネルは通行禁止、山越えしかなく結局2時間かかり、芦屋に出ることが出来ました。芦屋も建物の倒壊、火災中の建物、道路も損壊、とても車が通れる状態ではなかったので芦屋の山手に車を止めて、芦屋~三宮~長田まで20㎞程度の道のりを歩きながら倒壊状態の建物の写真やビデオを撮り続けました。その間、延焼中の建物や怪我人、重症の方、救助中の人々、とにかく、これが地震の怖さかと思い知らされました。 ・・・・・次回に続く
