249号ブログ・1960年~住宅業界半世紀の変遷
1960年代から始まった住宅業界の変遷をまとめてみました。過去の経験則から大きな社会の変化や経済ショックの後、住まいの形やライフスタイルが変化しています。45年、第二次世界大戦終結。73年、第四次中東戦争(石油ショッ ク)。89年、日本でバブル崩壊。01年、米国発ITショック。08年、米国発住宅ローン不良債権問題でリーマンショック。20年2月、世界同時コロナショック。22年2月、ロシア、ウクライナ進攻、このように概ね10~20年サイクルで株式、景気調整が起こっています。そのたびに、住まい方、住まいの形も変化しています。
以下の内容で纏めています。少し長いですが住宅業界関係の方々、是非お読みください。
目次
1・住宅産業成長期
2・バブル以降多くの住宅会社が退場
3・長期優良住宅
4・最後の業界淘汰
5・13年〜徐々に住宅価格は上昇へ
6・20年2月、コロナショック
7・住宅業界は、コロナSHOCK、WOOD SHOCKの後、住まい方の変化、経営の変化(チェンジ)が求められています。
8・住宅価格の高騰はとまらない
9・消費形態が変化する
10・勝ち残るために
1965年、日本に「住宅産業」なるものが生まれて、半世紀になります。それまで住宅の請負は、地元大工業、工務店の仕事でした。今では、①地元工務店(ここでは工務店とします)・②住宅に特化した工務店(ハウスビルダーとします)、圏域の③大型分譲業者(パワービルダーとします)、④全国展開の大手住宅メーカー(ハウスメーカーとします)の4つに別けられます。
さて、私がミサワホームに入社した70年当時に振り返ってみると、政府は高度経済成長戦略の一環として、波及効果の大きい住宅持家促進も含め71年、超金融緩和策を打ち出されました。資金が市場にあふれ、住宅地の開発、供給が始まり、金融機関の多くが住宅ローンの取り扱いを始め、急激に住宅需要が増加し始めました。加えて、住宅金融公庫の債務保証、長期低利融資(利子補給)により、持家志向が高まり、住宅需要は爆発的な成長を見せ、受注に施工が追い付かない状況にありました。
そんな中、70年建設省、通産省が国家プロジェクトとして、プレハブ住宅の普及を目的とした「パイロットハウス技術考案競技」や、76年「ハウス55計画」として、当時の価格で100㎡550万円の低廉で高品質な住宅を安定的に大量供給するシステム開発を目的としたプロジェクトが実施されました。この実現時にはすでに物価上昇が始まっており550万円の実現は幻となりました。ただ、応募者の中でもセキスイハイムがユニットハウス、ミサワホームが大型パネル住宅等の工場での加工率を高めた住宅を提供し始めました。
一方では、ハウスメーカーは受注増加に対応すべく施工工務店の奪い合いを始めました。当初、木造住宅を主とした工務店や代々大工という人たちは、「プレハブ住宅なんかの仕事はできない」と静観していましたが、工務店獲得の勢いは止まらず、とにかく良い条件でそれらの工務店、代々大工という人たちまでも取り込んでいきました。なかには、とにかく建築関係の仕事をしていただけの業者までニワカ工務店として、専属の下請業者として囲い始めていきました。それでも受注に追いつかず、プレハブ化率を更に高めて施工力をカバーしていきました。70年代後半になると、団塊世代の住宅需要もあい重なって、住宅着工戸数は年々増加していきました。
80年に入ると、ハウスメーカー傘下で下請負をする工務店と、在来木造住宅に拘る工務店が二分していました。とはいえ、ハウスメーカーが造る住宅と地元工務店が造る住宅の割合は2(ハウスビルダー):8(地元工務店)でまだまだ圧倒的に、地元工務店が手掛ける住宅のほうが多かったのです。従って、ハウスメーカーのライバルはハウスメーカーではなくハウスビルダーや地元の工務店でした。そこで、ハウスメーカー系は、ハウスビルダー、地元工務店との差別化を図るべく高額展示場戦略をとり、内外装材の工業化、設備機器の高級化、デザインの差別化を計っていきました。
80年台後半になると、展示場の工事費は、原価だけでも1億円を超えるものが当たり前となり、とてもハウスビルダー、工務店では太刀打ちできるものではありませんでした。気が付いてみるとハウスメーカーは一般消費者が購入できる能力をはるかに超えた住宅を開発していたことに気が付きはじめました。
2・バブル以降多くの住宅会社が退場
90年1月、バブルが崩壊。バブル時代の「高ければよいもの」という消費行動から、「良いものを少しでも安く購入する」という「バリュー価値のある低額な消費行動」に変化しようとしていました。ハウスメーカーでは、それまで団塊世代の裕福なお客様をターゲットとしていたので、突然のバブル崩壊後は、お客様がどこにいるのかターゲットを絞りにくく混迷していきました。
ハウスメーカー、中堅パワービルダーは、バブル後ツケの清算もあり、販売苦戦していたさなか、95年1月、あの阪神淡路大震災に遭遇しました。まさに藁をもつかむ思いで、ハウスメーカー、ハウスビルダー、他県の建設業者からの参入もあり、入り乱れての受注合戦が始まりました。ところが、受注したものの建設資材の不足による価格上昇、職人不足による手間賃、大工さんなどは、日当5万円まで上昇しました。ところが、被災された方を相手に差額負担を求める状況にはなくハウスメーカー、ハウスビルダーは、これらの建築工事価格上昇による差額の負担ということになってしまい、結局のところ利益の持ち出しとなり経営を圧迫してしまうことになりました。
大量受注できたものの利益を確保することのできなかった中堅ハウスメーカー(殖産住宅、日本電建、クボタハウス、ニッセキハウス、太平住宅等)、パワービルダー(地元の中堅分譲業者)、ハウスビルダーの多くが、バブル後の清算も重なって、その後、吸収、合併、住宅業界から退場や倒産ということになっていきました。
震災も落ち着いた2000年以降は、デフレが顕著になってきて、所得も低下するなかで、住宅の購入世代も若くなり、TホームやAホームのようなローコスト系住宅が求められるようになっていきました。このころから、ハウスメーカーに代わり、ハウスメーカーのノウハウを吸収した営業マン、技術者がフランチャイズ系のハウスビルダーや独立系のハウスビルダーを設立し、ローコスト住宅でも構造、性能の高度化、デザイン力もハウスメーカーには負けない住宅を打ち出してきました。
こうして、ハウスメーカーは、お客様の要望や価格面で対応できなくなり、今度は、この変化に対応できなかったハウスメーカーのエス・バイ・エル(ヤマダ電器が吸収)やミサワホーム、パナソニックホームズは(トヨタが資本参加)の再編、吸収合併がありました。
このころ、政府は日本の住宅の寿命が、欧米に比べ耐久年数が短いことの政策として、06年6月「住生活基本法」を施行。07年4月には、耐久年数が200年に達する「超長期住宅」の普及に向けた「200年住宅ビジョン」を発表し、08年2月には「200年住宅法案」が閣議決定されました。しかし、そのあと200年は対応できないとハウスメーカーを含めた住宅業界団体からの抵抗にあい「200年住宅」という言葉が消え「超長期住宅」となり、いつの間にか「超」も外れて「長期優良住宅」で落ち着きました。
ただ、長期優良住宅の手続きや仕様、引き渡し後の維持管理等が複雑となり、ここまで在来木造住宅で頑張ってきた大工を中心とした零細工務店や地元中小工務店では、対応が難しくなり、ハウスメーカー、ハウスビルダーに対抗して直接受注するというのは難しくなり、やむなくノウハウ取得のため、これら多くの工務店がフランチャイズ系の加盟店となりました。やがて、ノウハウを習得した力のある工務店は、ハウスビルダーとして独立していきました。半面、対応できなかった工務店は、それらの下請けやリホーム工事、また廃業に追い込まれていきました。
4・最後の業界淘汰
そんな折、08年リーマンショックがあり、銀行は、なかでも建設業者への貸付抑制、回収に走りました。そして、中堅分譲業者、脆弱なハウスビルダー、中小工務店の倒産があり、バブル以降、最大、最後の業界整理となりました。
このころから、飯田グループホールディング、ケイアイスター、オープンハウス、アールプランナー、ファースト住建などローコスト分譲住宅で関東を中心に急成長が始まりました。その結果、生き残ったハウスメーカーとフランチャイズ系を含めたハウスビルダー、飯田GHビッグパワービルダーが住宅市場を三分していきました。
バブルが崩壊した90年から、96年阪神淡路大震災、08年リーマンショックを経て、ようやく12年安倍政権誕生、経済対策などが打ち出され、長く続いたデフレも終息しはじめ、安倍政権の成長戦略としての3本の矢、「金融緩和」・「財政政策」・「成長戦略」が打ち上げられました。
5・13年〜徐々に住宅価格は上昇へ
バブルの後、12年ころまで建設物価、工事施工費は下がり続けて限界値で落ち着いていましたが、13年ころより、長期優良住宅、省エネ、ソーラ 等性能に関係する仕様から住宅価格は上昇し始めました。 ただ、大手は売り上げが伸びないなか、こうした補助金の付く省エネ、性能に関係する設備機器、ソーラの上乗せで売り上げ、利益を稼ぐしかありませんでした。
13年以降は黒田新総裁の量的、質的金融緩和は金融引き締めから緩和へ転換され、金融緩和、低金利が長く続いた影響もあり、20才後半世代でも家が持てるようになってきていました。
その後、16年以降は東京オリンピックの準備、工事が始まり、人件費、材料費など工事施工単価も徐々に上昇してきました。
住宅業界も回復し始めたころ、20年2月コロナショックに続いて、21年北米の1〜2月寒波、3月スエズ運河タンカー座礁、コンテナ船不足、カナダ大規模な森林火災、アメリカマツクイムシ被害、オーストラリアでは、 関東圏の2,5倍を上回る大規模森林火災、北欧では、米国への輸出削減などにより、スプルースは高騰。日本では、それらの影響を受けて一気に 木材価格が上昇。引渡工期にも影響を与えました。
22年になってようやくコロナも落ち着いてきたころに今度は、ロシア、ウクライナ進攻。欧州向けの針葉樹はロシア、ウクライナからの輸入が多いこともあって、欧州ではしばらく木材不足の可能性があるなかで、米国は住宅着工が活況、北米産の針葉樹不足の影響を受けた日本では、当面木材価格が下がることは期待できない状況でした。世界はインフレ傾向、一度上がった価格は、元に戻らないという見方でした。
また、日本では輸入材に代わる国産の木材は、もともと採算が取れていなかったので、値上がりした価格が続くとすれば国産材の供給量は増加するが、値上がった価格は元に戻らないという見方です。
7・住宅業界は、コロナSHOCK、WOOD SHOCKの後、住まい方の変化、経営の変化(チェンジ)が求められています
コロナショック後、社会は「ニューノーマル」な時代へ。住宅にも大きな変化が出始めていました。 社会は、ESG、SDGs、脱炭素に加えて、働き方改革/在宅勤務、少子化、インフレ傾向など、大きく社会構造が変わる時代にあります。
住宅においては、省エネ住宅、感染対策、在宅勤務、女性活躍、共働き世代の増加、小家族化を踏まえ、〇LDKという部屋数重視から、豊かな空間、生活のしやすい、使い勝手の良い住まい、 自宅にいる時間も長くなり、ゆとりのリビング空間やアウ トリヴィングなどでリラックスのできるスペースが求められています。
また、女性の社会進出に伴って、家庭内作業の負担軽減、子育ての住まいとして、住宅環境が大きく変わろうとしています。こうした、大きな変化を踏まえて、住宅の住まい方も変わりつつあります。
8・住宅価格の高騰はとまらない
最近では、大手は坪100万以上、中小のハウスビルダーでも、さすがに坪50万円台〜というフレーズは見かけなくなり、坪60万円後半〜。契約時の現実は70万円を超えています。
今後、更に木材の値上がりに続いて、原油価格の高騰、資源高の影響で建設資材価格、輸送費は上昇傾向。
また、24年「働き方改革関連法」が適用される4月までに建設業界が解決しなければならない労働環境改善問題の対策、高齢建設従業者の減少傾向等で人件費の上昇はこれからです。また、工事従業者の減少は、工期が長くなるなどで、現場管理効率、資金回転が悪くなります。なので、住宅でも、効率の良いDX現場管理や住宅でもBIMが求められてきます。建設業界全体を取り巻く状況は、今後さらに厳しさを増すとの見通しを示しています。
9・消費形態が変化する
コロナ後の新しい時代が始まろうとしています。景気が回復していくとしても、こうした大きな変化が起こる時は、消費者の価値観や、ニーズ、購入世代も大きく変化します。バブル以降の難しい時代を乗り切ったハウスメーカー、パワービルダー、ハウスビルダー、中小工務店といえども特徴もなく変化にも対応できない会社は生き残ることがむつかしくなってきます。
これから、住宅業界は、どのように変化していくのでしょうか。次の時代を予測するために、過去の消費形態を分析してみると次のようになります。
・昭和40年から50年は、ただ家が欲しいという欲求消費の時代でした。
・昭和50年から60年は、住まいの性能・構造を比較して良い住まい、悪い住まいというように理性で判断して購入する理性消費の時代でした。
・昭和60年からバブルが崩壊するまでの間は、性能とか構造よりも企業、商品のイメージ、デザイン、差別化、アメニティといった感性で選ぶ感性消費の時代でした。
そして、バブル崩壊以降は、行き過ぎた高額住宅の商品開発から原点に戻ったコスト追求の時代となり、消費が低迷するなか、バリュー価値のある住宅やローコスト型住宅が主流となりました。一方で、建築家、設計事務所による設計が台頭し始め、個性的な住宅も増え始めています。
・本格的に景気が回復し始めるころには、本物の住まいが求められる
それは、高耐震、高耐久、高断熱、高気密といった性能、省エネ、創エネ、エコ、スマート住宅、低炭素住宅、保証制度といったことが当たり前となり、住むことによって新たな喜び、豊かさ、満足感を得ることのできる感動型の住宅です。本当に消費者が求める「付加価値とは何か」「質とは何か」「オリジナリテイとは何か」「豊かさとは何か」が問われるようになります。
モノがあふれ豊かになると、人はその人の感性や拘りでモノを購入するようになります。信用もあって安ければよいというものでもありません。偽物は排除され本物しか生き残れない時代が来ると思います。
まず、住宅の特徴で別けると
➊「構造、工法、耐震性、快適性、耐久性、断熱や気密、低炭素、省エネ設備」などの
性能、保証等を重視する住宅。
➋「天然資材、地産地消、健康住宅、自然エネルギーの活用、エコ」などを重視する住宅。
➌「デザインや意匠、住まいの豊かさ快適性を重視する住宅」に大きく分けられます。
いまや➊は当たり前の住宅です。いまだに多くの住宅会社は、高耐震、高耐久、高断熱、高気密など等とノボリを立てている会社は多いのですが、こちらのほうが嘘っぽく見えます。まだ、おまけ付き住宅かコストの安い住宅のほうが喜ばれます。それはともかく、いまでは長期優良住宅仕様にすれば、どこの会社の住宅も上記の構造や性能、仕様に大きな差はできません。
次に➋の天然資材、地産地消、健康住宅などに特化した住宅は、ハウスメーカーには対応が難しいので、これらへの対応はしばらく優位に展開できます。少しの知恵や努力をすれば中小のハウスビルダーでも対応できます。
なによりも、難しいのは、➌のデザインや意匠、住むことによって新たな喜び、豊かさ、快適性を感じて頂くような感動住宅です。これは、相当の経験者、住宅の本質の分かる人にしか設計できません。この人材をいかに確保できるかがこれからの差別化、生き残る条件になると思います。
これからは、お客様の課題を適切に判断することが大切です。資金だけでなく、税金対策、資産の活用などのアドバイス、提案のできる専門知識の高い営業コンサルタントと、お客様の多様なニーズ、要望をしっかりと聞き取り、住まいの設計ができる経験豊かな設計士、コーディネーター、デザイナーのいる住宅会社が求められてきます。
素人の営業マン、中途半端な建築士、理念なきハウスビルダーでは対応できなくなります。なによりも、これからの住宅購入世代は、30歳代から40歳以上へ。低所得層から中、高所得層に変化します。この世代は、学歴、知識レベル、情報分析能力が高いので、比較、検討した上で、理性判断ができる世代です。従って、営業マンの見せかけのテクニックや満足感の提供、熱意や誠意、会社の看板だけでは売れない時代がやってきます。
こうした背景をもとに、ハウスメーカー、パワービルダーに負けないために、まず住宅業界、ハウスメーカーの販売戦略、方針を知ることが大切です。
そのうえで、これからのハウスビルダーに欠かせない経営理念、営業、設計、積算、建設部門の方針、販売戦略、戦術、設計提案技術、現場管理の明確化、保証、メンテナンスなどのポリシーを明確にして、それに基づいて業務の流れ(チャート化)、帳票を標準化する必要があります。そして、全社員がチャートにそって、報・連・相、必要な帳票をブレなく確実に実行することが大切です。
| 当社では、御社の規模、ポリシーに基づいて、社員の皆様と協議して、経営ポリシーの纏め方、業務の流れのチャートと帳票類の整備のコンサルタントをしています。 下記、HPに当社のコンサルタント事業内容、社歴、出版事業などのご案内をしています。ご覧の上、お問い合わせ、お申し込みください。 https://www.hs-builder.com 他ブログもご覧ください。 mail: ode@hs-builder.com ハウスビルダー販売支援研究所 代表 大出 正廣 |