296号・戦後~1970年台に建てられた木造住宅は要注意

 日本建築の代表とも言える法隆寺のような神社仏閣や、桂離宮に見られる数寄屋建築などは、代々、受け継がれてきた技量のある棟梁、大工、職人さんによる伝統的な工法によってつくられていて、その後も建築守りによって代々、維持管理され、補修、修繕、改築、大改修が繰り返えされて今日に至っています。

 そのことを世界最古の木造建築である法隆寺は1400年以上の時を経て、風、雨、雷、地震に耐えて現存しています。だから「木造住宅も地震に強く長持ちする」というのは詭弁にすぎません。

 戦前の伝統的工法による木造建築と戦後の木造住宅とは全く異なる工法です。というのも戦後、1950(昭和25)年に建築基準法が交付され、建築確認申請業務は義務付けられたものの、大工であれば誰でも建築のできる木造住宅となってしまいました。確認申請といっても、配置図、平面図、立面図を添付して申請、その申請書に添付の建物が建築基準法に合致さえしていれば、受け付けた行政は建築確認通知書として交付していました。   

 ただ、竣工検査済書を受領してはじめて、その建物は合法適合建築物ですが、竣工検査済書発行の依頼をしなければ、申請書に添付した建物と多少違っていても近隣からの指摘、建築パトロールで引っかからなければわかりませんでした。また、当時は構造体の検査はなかったので施工業者の対応次第のところがありました。

 銀行も確認通知書があれば融資は実行されていました。つまり、申請とは異なる住宅を建てていても、竣工検査依頼手続きさえしなければ、違法であっても黙認みたいなところがありました。なので、当時の建築基準法はザル法(何でもありという意味です)と言われていました。  それまで行政は黙認しておきながら、これらの建物のことを「既存不適格建築物といっています」。70年初めころから、徐々に厳しくなってきましたが、81年建築基準法改正以前に建てられた木造住宅の構造、耐震性は全部とは言いませんが、大手であってもあまり信頼できません。こうした住宅が95年、阪神淡路大震災で倒壊し多くの欠陥性が露見しました。このことは、当社出版の「欠陥建築が死を招く」で証明しています。

 その後、1999年、建築確認、検査業務が指定確認検査機関へ移管、構造、竣工検査も厳しくなってきています。さらに2000年、建築基準法が改正されて、耐震性はさらに強化され、2008年、長期優良住宅として引き継がれて、木造住宅の劣化対策、耐震性、維持管理、省エネ等の性能、認定基準が明示されて安全性は高まってきています。

・阪神淡路大震災の前に耐震検査、補強がされていれば・・・

 古い木造住宅の下敷きで亡くなった人が多いが、原因は老朽化の構造劣化に加え、土壁で筋交いもなく、水平抵抗力が小さかった事例や戦争終結後に建てられた40年以上の古い家屋が多く、土台、柱の腐食やシロアリによる食害が激しく、そこに土葺きの瓦屋根の重さが加わり、被害が拡大する結果となっています。

 原因は、終戦後の戦争被害による住宅復興のため、建築資材は不足、大工さんに依頼できる状況でもなく、多くの人は大工さんの物まねで建てた家が多く、その後も耐震補強をすることもなく、幾度となく改装や増築を重ねた建物が数多く残っていて倒壊したと思われます。

 また、70年代中ごろまで建築確認申請もいい加減なもので、申請さえしておけば、現場では全く違う建物が建っていても近隣からの通報もなく、検査済証発行申請をしなければ何でもありの状況が続いていました。それらの違法建物を放置してきた行政にも責任があるような気がします。

 そして、78年宮城県沖地震(M7,4)災害の後、81年に建築基準法が改正され耐震強度が強化されています。この時に、これら戦後に建てられた建物に補助金でも出して、耐震検査や補強対策をしていればもう少し、被害を抑えられたかもわかりません。このような建物はいまだ全国に数多くあると思います。

阪神淡路大震災後になってから、ようやく補助金がついて耐震検査、補強が行われています。

 そして建築基準法の改正、確認申請の審査や検査などの業務を指定確認検査機関へ移管、住宅性能表示制度や長期優良住宅認定制度等により、最近の住宅の構造体、性能、検査は著しく向上してきています。

 とはいえ、戦後~70年代後半までに建てられたプレハブ住宅、木造住宅は全数耐震診断が必要です。

地元で信用ある工務店さんは、もう少し積極的にアプローチをしてみてはいかがですか。建て替え受注につながるかも。

2024・10・29

ハウスビルダー販売支援研究所 代表 大出正廣