343号・戦後~1980年までに建てられた木造住宅は要注意

戦前の木造建築と戦後の木造建築はイコールではない 

 日本建築の代表とも言える法隆寺のような神社仏閣や、桂離宮に見られる数寄屋建築などは、代々、受け継がれてきた技量のある棟梁、大工、職人さんによる伝統的な工法によってつくられていて、その後も建築守りによって代々、維持管理され補修、修繕、改築、大改修が繰り返えされて今日に至っています。そのことを例えて、世界最古の木造建築である法隆寺は1400年以上の時を経て、風、雨、雷、地震に耐えて現存しています。だから「木造住宅も地震に強く長持ちする」というのは詭弁にすぎません。

 「戦前の伝統的工法による木造建築」と「戦後の木造住宅」とは全く異なる工法です。というのは、戦前の木造住宅は、主に大工棟梁を中心とする「職能・徒弟制度」で成り立っていました。つまり、大工・棟梁の技能と経験、実績で評価されていました。

 戦後になって、1950(昭和25)年に建築基準法と設計士法が交付され、建築確認申請業務は義務付けられたものの、資格のある建築代願人に申請委託さえしておけば、自称大工でも建築のできる木造住宅となってしまいました。

 また、確認申請といっても、配置図、平面図、立面図を添付して申請、その申請書に添付の建物が建築基準法に合致さえしていれば、受け付けた行政は建築確認済通知書として交付していました。   

 ただ、竣工検査済書を受領してはじめて、その建物は合法適合建築物ですが、竣工検査済書発行の依頼をしなければ、申請書に添付した建物と多少違っていても近隣からの指摘、建築パトロールで引っかからなければ問題ありませんでした。

 また、当時は行政の構造体の検査はなかったので大工というか施工業者次第のところがありました。

 銀行も確認通知書があれば融資は実行していました。つまり、申請とは異なる住宅、違法建築であっても竣工検査依頼手続きさえしなければ、行政も現場に来ることはありませんでした。登記は、確認通知書とは関係なく実際に出来上がった建物で登記することが出来ました。なので、違法であっても登記所も行政も黙認みたいなところがありました。なので、当時の建築基準法はザル法「何でもありという意味です」と言われていました。

 それまで行政は黙認しておきながら、今になって、これらの建物のことを「既存不適格建築物」といっています。という事で、戦後~1980年までに建てられた木造住宅は要注意です。

 70年初めころから、徐々に厳しくなってきましたが、81年建築基準法改正以前に建てられた木造住宅の構造、耐震性は全部とは言いませんが、大手であってもあまり信頼できません。こうした住宅が95年、阪神淡路大震災で倒壊し多くの欠陥性が露見しました。このことは、当社出版の「欠陥建築が死を招く」で証明しています。  

 その後、1999年、建築確認、検査業務が指定確認検査機関へ移管、構造、竣工検査も厳しくなってきています。さらに2000年、建築基準法が改正されて、耐震性はさらに強化され、2008年、長期優良住宅として引き継がれて、木造住宅の劣化対策、耐震性、維持管理、省エネ等の性能、認定基準が明示されて安全性は高まってきています。

2026・3・22

ハウスビルダー販売支援研究所 代表 大出 正廣

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